農のコミュニティのひとつの答え

先日、国立市の「NPO法人くにたち農園の会」の小野さんの農園を訪問しました。


研修事業の訪問先の一つで、毎年研修生を連れてお話を伺っています。
こちらの現場の事例も都市農業、ひいては全国の農の価値を再評価するための貴重な事例だと認識しています。
当日のお話の詳細は、研修のため割愛しますが、私から見る小野さんの事業の特徴の説明をしてみたいと思います。
背景にあるストーリーを大事にする
毎回、研修のスタート場所は、拠点の畑ではなく谷保天満宮という神社。

谷保天満宮は、学問の神様、菅原道真公が祀られており、学業や交通安全祈願で多くの方が参拝されます。
ここは農地がある谷保地域の象徴的な場所であり、小野さんたちが管理している田んぼの水は、この谷保天満宮の地から流れています。
小野さんは谷保の出身ではないですが、小野さんのお考えとして、現地の歴史をたどることで昔から連なるストーリーを大切にし、この地域で農の営みを守っています。
また小野さんは仕事で、各地の農に関わる取材をされますが、その際も、しっかりとその地域の歴史背景を取材することで、当事者の考え方、気持ちに寄り添い、記事を読む第三者にも想いが伝わるような記事を書かれます。
私自身、いつも小野さんの視点からたくさんのことを学ばせていただいています。
小野さんの事業立ち上げの経緯
小野さんが今の事業に携わった経緯を簡単に説明します。
最初のお仕事は、某大手テレビ番組のディレクターで仕事をしていたそうです。
環境問題の番組制作をきっかけに、農業に関わることを決め、退職後、大手飲食店の農園へ転職することになりました。
ただ、当時の農園の労働環境は、超がつくほどのブラック企業でもあり、ほとんど休みが無く、家族と一緒に過ごす時間もない生活を過ごされていたそうです。
このままでは心身ともに家族を守れないと感じ、ある有名経営者のもとで国立市の農園の管理の仕事に携わることに。
しかし、経営者とのトラブルが起き、解雇されることに。
ただ、農園の管理の仕事については一年間猶予を与えられたため、その間に事業を立ち上げ、別の畑での運営を開始しました。
それが現在の拠点である「はたけんぼ」となりました。

小野さん自身のことについての詳細をさらにお聞きになりたい方は、
小野さんの著書『東京農業クリエイターズ』をご覧になってみてください。

他の農業と大きく違う小野さんの「農」の事業
小野さんの農園では、農業を行っていませんし農家でもありません。
畑も田んぼはありますが、農作物を販売しているわけでありません。
農業体験サービスや農地の空間を使った場の提供をしている農の事業になります。
そして活動場所は農地という区分ではなく、宅地になります。
宅地のある農地のため、宅地化農地とも言われています。
農地(生産緑地含む)ではないため、固定資産税は高い状態ですが、その分、建物などの基準が緩くなります(もちろん、都市計画法などの制限は受けます)。
そのため、屋根があるピザ窯付きの小屋や、農作業では使わない遊具なども建てられるようになっています。



結果として、他の農地にはない、多様なアクティビティのある空間が生まれました。

さらに烏骨鶏、ヤギ、うさぎ、ポニーなどの動物がおり、こどもたちが飽きない空間がここにあります。


また、小野さんの事業は単純に農体験を提供するサービスではありません。
農地という空間を多くの人を呼び、交流してもらうことによってコミュニティが発生する仕組みも提供しています。
事業そのものは多岐にわたっており、具体的な事業でいえば
コミュニティ農園、畑のレンタルスペース、コミュニティ菜園などがあります。
また場所も農地だけではなく、地域の空き物件や古民家を活かしてコミュニティスペースの提供やゲストハウス事業なども行っています。
さらにいえば、農をベースとした子育て支援事業も展開しています。
認定こども園、地域子育て支援拠点事業、放課後クラブなどの事業を展開しています。
現在、こどもの中でも不登校児も増えてきており、三番目の居場所として農地を開放してこどもの居場所づくりの活動も行っています。
結果として、小野さんたちが手掛ける事業は、
全体の売上規模が1億円を超えるようになりました。
大きくまとめると小野さんの事業は、農業ではなく農のコミュニティ事業と言えます。
拠点となるフリースペースの「はたけんぼ」には、毎年7000名の人が訪れるようです。
農業は全国各地にありますが、農のコミュニティ事業を専門として展開しているのは、ほとんど無く、かなり珍しい事業体であります。
さらに小野さんの事業の本質的な部分を掘り下げていきたいと思います。
収益性と社会性の両立をどうするか
農のコミュニティ事業は、環境、保育、教育、貧困、生きがいなど多くの課題を解決する可能性がある社会的にも意義のある事業です。
社会をよりよくしたいと考えている多くの方が、一度はやってみたいと思う事業ではないでしょうか。
しかし、ほとんどの場合がうまく継続できていないのも事実です。
継続できない理由は、収益性と社会性の両立が難しいからです。
社会性の高い事業は、収益性が低いものがほとんどで、事業を続ければ続けるほど費用がかさみ体力気力が削られ、継続するには難しくなります。
逆に収益性の高い事業に集中しすぎてしまうと、顧客のニーズを中心に動く必要があるため、社会性のある活動に歯止めがかかってしまいます。
こういったジレンマの中で、経営の舵取りをやっていかなければなりません。
まずは収益性の高い事業の展開が必要なりますが、その場合、顧客のターゲットは地域の人ではなく、東京都内にいるこどもをもつ家族層が大部分になります。場合によっては海外の人を受け入れるインバウンドになることもあります。
小野さん自身が都市農業の広告塔となり、大企業との連携によって集客にも力をいれて安定した収益を生み出しています。
また社会性の高い事業についても、利益が生み出せるものとそうでないものがあります。
利益が生み出せるものとしては、「認定こども園」の事業。
実質、今の小野さんたちのコア事業になっています。
社会性の高い事業の中には、国や行政から給付金が出るものや、補助金が出されるもの、委託されるものも調べると結構あります。
いろんな政治信条はあるにせよ、自分達のやっていることが価値のあることだと自負があれば、国や行政の力を最大限使ってもよいと私は考えます。
そういった意味で、農に携わる私たちはもっと政治に向き合い、政治家とも積極的に交流し、影響力を持つ必要があると思います。この点については、今回の趣旨とはズレるので別の機会にお話をしたいと思います。
そして、前述した収益性がある事業を、曜日によって棲み分けをされています。
農体験のサービスのよくある課題としては、土日祝日以外は集客も難しいことにあります。
そこで、小野さんの事業では
平日には地域のこどもたちに向けた保育などのサービスを中心に
土日は地域外の人達を呼ぶ体験サービスを中心に
分ける事で、より安定した仕組みができています。
(実際は、土日でも地域のこどもたちが来ていることは多いです)
逆に、まったく収益につながらない小野さんの環境保護活動もあります。
それは「トウキョウダルマガエル」の保護活動。
東京ではすっかり見ることが無くなったカエル。その中でもさらに珍しい東京の名を冠した品種のカエル。

現状、この品種のカエルがいなくなることでの周辺地域の生態系の致命的な破壊が証明されているわけではないですし、誰かが困ることもないですが、守ることによって地球に住む人類として責務を果たそうとされているのだと思います。
理念だけが先行する環境保護活動より、こういった地に足がついた環境保護運動の方が個人的には好きです。
以上のように、小野さんたちの事業は収益性と社会性の両立を実現されています。
農のコミュニティのひとつの答え
小野さんたちの事例を見ながら、私として強く感じるのは、農のコミュニティの継続には収益性を担保することこそが、ひとつの答えだと感じました。
少なくとも現行の資本主義の社会制度である限りは、そうだと考えます。
地方の場合は、事業や法人の形態が違ったり、国から出るお金の種類が違ったりしますが、都市農業であれ、地方の農業であれ、収益性を担保した農のコミュニティ運営こそが必要だと思います。地方の農のコミュニティについては、また別の機会でお話ができればと思います。
「理想を実現にしようとすればするほど、お金が必要であることに直面する」
そういった現実の厳しさを知ると同時に、逆を言えば、収益性を確保した事業を生み出すことができれば、社会的な課題も解決できるかもしれない。
そんな風に思える小野さんたちの現場研修でした。
私たちも八王子で同じように挑戦していきたいと思います!
【文責 一般社団法人畑会 代表 山田正勝】