コラム

都市農業経営の最高峰の話

更新日:2025年1月29日

先日、江戸川区の小松菜農家である小原農園(K&Kファーム)に訪問しました。
小原農園の農園主は、小原英行さん。

都市農業ではレジェンド農家として注目されています。
先日もJA全中から農業経営が評価され、日本農業賞特別賞を頂いておられました。
その方の農園に自社の研修事業として、研修生と一緒に訪問しました。
研修のため詳細まではお伝えできませんが、大枠のお話をしたいと思います。

3反もない農家で2500万円を売り上げる農家

小原さんの農業経営の驚くべき特徴の一つは、面積が狭い条件で営農していること。
小原農園の耕作面積は、なんとたったの2.4反(2400㎡)
これがどれだけの狭さなのかというと
一般的に地方の専業農家であれば10町(ha)以上の農地を持っている農家はざらにいます。
しかし、都市部の場合、平均的な農家の面積は5反から10反(1ha)ぐらいで、地方の専業農家の10分の1以下の面積です。
そんな中、小原農園さんは都市農業の平均の耕作面積より少ない2.4反で農業を行っており、地方農家から見れば、家庭菜園と思われてもしょうがないような狭さです。
しかし、そんな狭い農地の中で、大きな奇跡が起きています。
なんと2024年の小原農園の売上は2500万円を超えるとされています。
つまり1反あたり1000万円の売上をたたき出しています。
1反あたりの売上は間違いなく全国トップレベルになります。
しかし、小原農園の経営の本質はそこではありません。

利益率の重視こそ都市農業経営の基本戦略

小原農園を数字で分析した際に、圧倒的な数値があります。
それは利益率です。
農業業界は一般的に売上を重視する傾向にあります。
農業に携わっている人たちは一度は必ず聞いたことのあるフレーズがあります。
「あの農家さんは●●億円稼いでるみたいだよ!」
のような発言です。
 
まず前提として、売上規模が大きいこと自体はとても素晴らしいことだと思います。
売上規模が大きいということは、多くの消費者の食に貢献していますし、人を多く雇っていること証拠でもあり、社会的価値があることだと思います。
しかし、売上が高いからといって稼いでいるかと言えば、一概に言い切れません。
売上がかかる分、設備投資、人件費、肥料や種や資材などの消耗品費など多くの経費がかかってしまい、手元に残るのはほんのわずかもしれません。
売上が1億円で利益率が5%の場合と
売上が1000万円で利益率が50%の場合の利益は
同じ500万円になります。
しかし、経営的リスクは、規模が大きくて利益率が低い方が圧倒的に高く、ほんの少しの相場の変化によって赤字になってしまうことがありえます。
利益率50%であれば多種の相場の下落があったとしても赤字になる可能性がかなり低い構造です。
いわゆる損益分岐点が低いと言われる状態です。
では、小原農園の利益率はどれくらいかというと
年度によっての多少の変化は設備投資による減価償却もありますが
ほとんどの年が利益率50%を超えています。
(パートさんの時給など販管費も引いた上で)
つまり2024年の利益は1200万円以上あることが予測されます。
2.4反の農地で1200万円以上の利益が出るという事実。
農業やっている農家さんから見れば、異常な数値であると分かるかと思います。
 
小原農園さんの基本戦略として、効率化、無駄を省く、生産性を高めることを徹底することで利益率を高めています。
このハウスの中のびっしりつまった小松菜を見たら、少し納得いただけるかと思います。

小原さんは、まず制約のある環境下で、ひたすら効率化を図り、限界と思えるまで効率化を進めます。
規模拡大という選択肢は、利益率の限界を達するまで選ばない。
多くの新規就農者の方の傾向として、まずはドンドン面積を増やしていくという選択を取る方が多いです。
ある意味、最初は必要な行動ですが、大きくなりすぎてしまうと、一つ一つの圃場(農地)の管理がうまくできず、効率が悪くなります。
結果として、売上が上がるが利益率を下げてしまう状態になり、さらに過剰な労働を強いられ身体を壊してしまう悪循環になってしまいます。
そうならないために適切な範囲の農地に限定し、まず収益率を上げるのが確実で安全なアプローチだと考えます。
※もちろん、大規模化によるスケールメリットの一面もありますが、都市部の新規就農者は、まとまった農地やきれいに整地された農地が手に入らないため、スケールメリットの恩恵を受けることが難しくなります。
そういった現実を踏まえ、小原さんは利益率を最重要視しています。

農業のバリューチェーンを常に意識できているか

利益率をあげるためには、いかに無駄を減らしていくか
そのためには、あまり注目が浴びないマネジメントが重要になっていきます。
まず前提として経営学には、バリューチェーンという考え方があります。
下記の図がひとつの例です。

農業で言えば、上にある「主活動」の部分が生産から販売までのプロセスになります。
チェーンと書いてある通り、この流れのどれかが欠けてしまうと大きく利益を損ねてしまう構想になっています。
このバリューチェーンを農業に照らし合わせるなら
主活動:生産 ⇒ 収穫 ⇒ 出荷調整 ⇒ 出荷販売 になります。
次にそれを支える支援活動があります。
農業で言えば、人材管理、営業、数字の管理、栽培状況の管理などが挙げられます。
これらの支援活動を一括して経営マネジメントと表現します。
多くの農家が主活動の生産から販売までに力を入れますが、経営マネジメントを軽視すると、利益率を向上することが難しくなります。
目の前の生産と販売にばかり力が入ってしまい、全体像が見えなくなり、生産プロセスの中に隠れている課題や問題を見つけにくくなり、全体最適化ができなくなってしまいます。
結果として、農作物が過剰に余ってしまったり、逆に注文の量を用意できす機会損失になったりになります。
バリューチェーンは、主活動である生産プロセスのボトルネックを見つけ、それを取り除くツールです。完全にムダを無くすことはできませんが、よりそのムダを減らすことができます。
バリューチェーンを使い、経営マネジメントに注力する必要があります。

利益率をあげるための経営マネジメントの妙技

まず成功していると言われている農家の一つのパターンに
年間を通じて顧客に質のよいものを安定出荷ができていることが挙げられます。
卸売業や小売店にとって年間を通じて、同じ農作物を安定した金額で仕入できることは、販売する側でも計画が立てやすく、かつ売りやすく、業務の負担も減るため業者側は非常に喜ばれます。
小売店や卸売業が欲しい時に、何度も野菜を提供できない生産者がいると、例えいいものを作っていたとしても離れてしまう可能性が高いです。
そこで、成功している農家の一部は、年間通じて出荷できる農作物を選択し、それを安定して出荷する戦略をとります。
今回の小原さんについては、出荷先は学校給食。年間を通じて小松菜の需要が大量に発生するので、その需要に合わせて小松菜を生産しています。
数か月前からある程度の小松菜の発注量を把握しているので、その時の出荷に合わせて逆算をしてタネをまき栽培し収穫までをスケジューリングします。
小原さんはこの計算を非常に綿密にやっています。
もちろん、天気や気候の変化によって成育のスピードのズレもあります。
しかし、それも込みで少し多めに栽培しながら、計画的な生産をしています。
計画的な生産に裏打ちされるのは、日々のデータの蓄積です。
播種日、かん水の量や天気、気温などのデータを長年蓄積することにより、昨今の温暖化した夏の季節も大きなズレもなく生産をされています。
私がある小松菜を指して「これは何日目ぐらいですか」と質問しても
すぐに具体的に「〇〇日経っています」とすぐに答えられる状態になっており、農園の全体のマネジメントができている状態です。
もちろん足りなくなる可能性もありますが、その場合は小松菜栽培をしている農家と連携しながら仕入させてもらうことで安定供給をカバーができる体制も出来上がっています。
いずれにせよ、小原さんの農業経営の利絵率が高いのは、生産から販売までの全体の綿密な経営マネジメントの妙技によるものだと結論づけました。

利益率が高いからこそ活きるスタッフ活用戦略

さらにもう一つ進化している小原さんの農業経営の特徴をお話します。
それは、利益率とともに労働生産性も圧倒的に高いことです。
 
お話したように、利益率が低い傾向にある農業業界。
結果として起こることは、そこで雇用されているスタッフの賃金が低く、最低賃金レベルで働いていることが多くなります。
もちろん、農業そのものにやりがいを感じるため、時給が低いことを許容する方は多く、それが当たり前のような状態になっています。
雇う側も、もちろん時給をあげたい気持ちはあると思いますが、利益率が低いため、スタッフの人件費を上げてしまうと、農業経営が成り立たないと言うジレンマがあります。
 
しかし、小原さんの農園においては、その課題を克服できる状態にあります。
まずスタッフのパートさんが7名いらっしゃいます。
時給は、熟練度によって変わり時給が1250円~1500円まで変化します。
東京都の最低賃金は1,163円(2024年10月1日より)であり、一般的な農園スタッフよりも高い傾向にありますし、1500円にもなれば東京都平均時給の1,468円も超えます。
農業業界で、この時給は稀ではないでしょうか。
 
なぜ高い時給で運営できるかというと
① 利益率の高い経営モデルだから
いままでお伝えしたとおり、そもそも利益率の高い経営構造だからこそ時給を高くしても成り立ちます。小原さんの農園の場合、同じ品目を高回転させて作る農業経営モデルになります。
興味ある方は、私の過去のブログ記事をご参考ください。
https://note.com/hatakaiyamada/n/n4e6e075e6cf5
https://note.com/hatakaiyamada/n/nf4f490888621
 
② パートの短時間で集中していること
とはいえ、雇っているスタッフの生産性が低ければ、かえって利益率は下がります。
そのため、スタッフに対しては支払う以上の成果を求められます。
とはいえ、農業は体力勝負。一日8時間の労働は限界があります。
ましてや夏の暑い時期や冬の寒い時期には、専業の農家であっても集中して継続することは無理な話です。
そこで小原さんの農園では、近所のパートさんに来てもらい、午前中の8~13時短時間のみ作業してもらいます。
短時間のため、作業に集中することができ、収穫から出荷調整まで効率的に行えるようになります。
働く方の多くは、お子さんを持つ主婦の方々で、お子さんを預けてからの仕事であるため、主婦の方にとっても都合がよく、Win-Win の関係になっています。
 
③ インセンティブを取り入れ、モチベーションアップ
またスタッフの熟練度を高めるための仕組みもあります。
まず毎回作業をした後に、時間内にどれだけ収穫して出荷調整できたかを記録してもらいます。
日々の成果が可視化され緊張感が生まれる側面もありますが、成果を明確することにより、インセンティブ(成果報酬)が与えられます。
例えば、安定して出荷量が増えていれば時給は上がりますし
成績がよいスタッフがいれば、数千円のボーナスが払われることもあるそうです。
また、小松菜をスタッフで買い取れる仕組みもあり、スタッフが知人に自ら売れば、出た利益をスタッフがいただけるそうです。
結果として、スタッフみんなが高いモチベーションを保ちながら熟練度を高めています。
 
以上のような理由で、高い時給を出すと同時に、それ以上の労働生産性を生み出しているのが小原農園の大きな特徴です。
これは、今までの「農家のアルバイトは安くてキツイ」という農業業界のイメージを払拭していける革命的な取り組みだと私は思っています。
小原さんは、さらにスタッフには労働生産性を高めてもらい、さらなる時給アップができないかを模索していました。
 
以上が、私が見た小原さん農業経営の概要です。
あくまでも概要で、細かな技術やこれからの展望や戦略などもあります。
さらに知りたい方は弊社の研修サービスか、小原さんと直接つながってお聞きいただければと思います。
都市農業経営の最高峰にいながら、まださらに伸び代がある恐るべき農家さんの紹介でした!
また、大きな変化があればレポートしたいと思います。

【文責 一般社団法人畑会 代表 山田正勝】