コラム

東京の新規就農の登竜門「東京農業アカデミー」

更新日:2024年6月10日

東京都八王子市に東京農業アカデミー 八王子研修農場(以下、東京農業アカデミー)があります。
先日、複数の議員の方と一緒に視察に伺うことになりました。

東京の新規就農増加の流れを受けて

全国には「農業大学校」という農家になりたい人のための研修機関が存在します。農業大学校は全国のほとんどの都道府県に設置されています。

全国の農業大学校の配置図

しかし、農業大学校は東京には存在しておらず、東京で新規就農をするという発想自体が無かった時代がありました。
そこから2009年に東京で初の新規就農者、井垣さんを皮切りに、そこから少しずつ東京でも新規就農者が増えてきました。
東京で新規就農した人達を東京ネオファーマーズと呼び、拡大し続けています。
そして現在も、「東京で農業をやりたい!」という人達が増えており、年々新規就農者の人数も増えています。
 
そういった流れもあってか、東京でも独自のカリキュラムを作って、農業大学校のような機関を東京都主導で作り、2020年に開校することになりました。
それが「東京農業アカデミー」になります。

東京農業アカデミーのHPから

地域の交流にもつながっているマルシェの開催

東京農業アカデミーは、八王子市にある都立小宮公園のそばにあります。
東京農業アカデミーを訪れると、ちょうど研修生たちが一般市民に向けて作った野菜を販売していました。
開始時間になる前から、多くの市民が長蛇の列を作って並んでいました。

研修生が直接販売をすることで、消費者のニーズを肌感覚で感じられ、販売やマーケティングの思考を身に付けさせるという実践の場でもあります。
並んでいる野菜を見ると、スーパーでは並ばないような珍しい野菜が多く、訪れる消費者のみなさんが楽しみにしているのも伝わってきました。

農場長 小寺さんの情熱

視察は、東京農業アカデミーの責任者である農場長の小寺さんから、東京農業アカデミーの現状や、実績などを聞きました。

農場長の小寺さん

毎年定員が5名募集され、現在、4期生、5期生の受入れを行っています。
卒業生全ての方が新規就農することができ、東京のそれぞれの場所で活躍されているそうです。
そういった評価もあり、定員が5名という狭き門でありながら、今では東京農業アカデミーの現場見学者は40名を超えるほど注目を浴びています。
しかし、新規就農して後の農業経営の難しさから、最初の段階から厳しいことをお伝えして、ふるいにかける必要があるのも事実です。

入会できた場合、実践的な多くのカリキュラムがあるため、研修生も気を引き締めて学ぶ必要があります。小寺さん曰く、他の県の農業大学校と比較にならないほど充実した内容であると自負されていました。
実際に他県からも見学する希望者もいるとのことでした。

小寺さんがすごいのは、新規就農後の農業経営がしっかりとできるよう徹底指導をしていることありますが、各市や東京都への働きかけも地道に行っていることです。

例えば、借りるための農地がないという課題。
新規就農希望者はたくさんいるにも関わらず、借りられる農地は特定の地域に限られており、就農がうまくいかない事例も多いのが現状です。
そんな中、小寺さんは研修生が希望する市の農業委員や農地を持っている農家に連絡を取り、挨拶に回ることで研修生と一緒に農地を見つけるといいます。もちろん、いきなり貸してもらえることは少ない為、何度も話を伺う中で信頼関係を築き上げることも大事だと話されます。

また新規就農者で、ぶつかる課題としてビニールハウスを建てることができるかどうかがあります。ビニールハウスがあるかどうかで、農業経営の収益性が大きく変わってくるからです。
ただ畑を借りる場合、地主の都合で農地を返金せざるを得ない可能性があるため、長期間置く必要のあるビニールハウスを作らせてもらえないことが多々あります。
そんな中、小寺さんが東京都と掛け合い、農地の貸借契約を10年に設定することで、ビニールハウスを建てることを促し、新規就農者でもビニールハウスをもって始めることができることができたと言います。またビニールハウスを使わなくなった農地を借りることで、補修して使えるようにして新規就農したこともあり、研修生一人ひとりに情熱をもってお世話をしているのが、伝わってきました。

また小寺さんに研修の教育観についても語ってもらいました。

農業を教えているのではなく、人間教育なんです。
人間性がよくなければ、地域の人や顧客、地主さんとの信頼関係を築けない。
信頼関係を築けなければ農業経営はうまくいきません。
だから、農業教育よりも人間教育を重視しています。

という趣旨のお話をしていただきました。
私も一緒に参加された議員のみなさんも深く頷かれていました。

充実した研修の設備、機械、農地、資材

研修の施設を一通り見させていただきましたが、強く思ったのは研修の設備、機械、農地、資材が本当に充実していること。

まずは設備、環境制御型のビニールハウス、育苗ハウス、野菜を洗いパッケージする調整場、保冷庫など保管場所など、大きな農家でなければ持つことができないものが全て揃っていました。

機械も充実しており、トラクターやユンボなどの高価なものもあります。

また同じ耕運機でも複数の種類があり、用途や目的応じて使い分けて、研修生にとってどのような耕運機が必要かを比較できる機会になります。
普通の農業研修では、ここまでできる所はそうないと思います。

農地は、共通の研修圃場とは別に、研修生に一人ひとりに農地が振り分けられます。
しかも露地とビニールハウスの両方が与えられていました。

さらに言えば、その圃場で必要となる資材も東京農業アカデミーが用意してくれるとのこと。
私がみた研修生の圃場では、長芋を試験的に作っていましたが、そこで使われる山芋を育てる資材も全て東京都が用意をしてくれていました。

自ら希望した農作物を栽培することで、自分が育てて販売したものを作ることができ、その2年間で栽培実績をもとにシミュレーションを組んで、実践的なきづきを得ることができます。

至れり尽くせりとは、まさにこの事だなと感じます。
これだけ充実していると農家希望者は確かに東京農業アカデミーに入りたいと思うのは当然のことでしょう。

ちみなに東京農業アカデミーの受講料は年間118,800円。
東京都から補助もでるため、実質ほとんどかからないそうです。
本当に農業をやろうと覚悟とビジョンさえあれば、農家になれる可能性が拡がる研修であることも分かりました。

農家を育てることの真価は

以上のように
東京農業アカデミーは、人の面でも物質的な面でも、どちらも充実した内容で研修が進められています。

人によっては、東京都に潤沢な予算があるからこんな事ができるんだと、少し斜めの視点から意見を言う人もいるかもしれません。
正直、私も予算があるからこそ、これだけの時間と人を使い、成果が出せているのだと思います。

ただ、人材を育てるというのは、多くの予算だけではなく、教育する側の情熱があって完成するものでもあり、小寺さん達の一人ひとりへの人間教育があってこそだと感じました。
正直、他の地域では、ここまでは丁寧にやっている所は他にあまり無いのではと思います。

これからの日本の食を支えていく農家を育てていく事。
その育てていく事に大きな予算をかけることは、賛否が分かれそうです。
たかが農家と思うのか、されど農家と思うのか。
その答えは、それぞれの個々の判断に任せられると思いますが、これからの日本の食糧安全保障を見据えたときには、こういった純度の高い農業の教育機関が少しぐらいあってもよいのではないかと考えてしまいます。

みなさんは、いかがでしょうか?

参照:東京農業アカデミー:https://www.nogyoacademy.tokyo/

文責:一般社団法人 畑会(ハタカイ) 代表 山田正勝